同じ娘を持つ父親として感じたのは、父と娘の関係というのはこの物語ほどではなくても、どことなく非日常性をはらんでいる、ということだ。多くの父親は平日は働いて家庭にはおらず、夜家に帰っても子供は寝ているため起きている子供と会えるのは休日のみ、という家庭も多いのではないかと思う。そういう家庭では、子供の日常に父親は登場せず、子供の視点からすると父親は休みの日にやってくる”非日常”の象徴のような存在だ。父親にとってもそれは同じ。この物語では主人公となる父親は離婚(別居?)して娘とは離れて暮らしているためさらに明確に描かれているが、”非日常”にいる親娘は遊んでばかりいる。プールに入ったり、ゲームをしたり、あるいは海外に行ったり。仲の良い親娘で、楽しい時を過ごし、心も通わせているけれど、父親は娘の普通の生活からはあまりに遠く無知だ。娘の方も日常にまつわる不安や悩みを父親に共有したりはしない(ある場面を除いては)。そういう疎外に似た距離感を、一人の父親として切なく感じながら鑑賞した。父と娘の関係は、母と娘の関係とはあまりにも違う。
物語はそれでも、そんな環境を変えようと父親が動きだすところで希望を持って終わる。彼はどこかにたどり着いただろうか。そうであってほしい、と願わずにはいられない。
年末に、娘と二人で夜更かしをしながらこの映画を見た。電気を消して毛布をかぶりながら。娘はこの話を、どう見ていたんだろう。感想を、まだ聞くことができていない。
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